鉄骨造

紀元前2000年頃から人類は鉄を使い始めたと言われており、18世紀なってから土木や建築の骨組み構造に使われるようになり、鋼鉄は19世紀に入ってから生産され使用されるようになりました。

幕末から明治の初めにかけて、洋風建築が次々と建てられ始めましたが、主な構造は木造やレンガ造であり、木造は火災に弱く、レンガ造は地震などの揺れに弱いため、部分的に帯鉄や鉄棒、鉄骨で補強する手法が増えて行きました。

明治初期には、全面的に鉄骨を主構造にした建物も造られましたが、その建設には橋梁など鉄鋼建造物の専門である機械技術者が手掛け、道路や鉄道、軍の施設や工場が主でした。

鉄筋コンクリートや鉄骨造が本格的に使用されたのは、1897年に入ってからでして、東京帝国大学で始めて鉄骨構造の講義が1903年に開講され、1906年には鉄筋コンクリート構造の講義が佐野利器によって開講されるわけですが、鉄骨建築は1909年に完成した丸善書店でした。

ヨーロッパでは、世界初の万国博がロンドンで開発され、会場として鉄骨造ガラス張りの高さ30メートルの水晶宮が建てられて話題となりました。

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鉄筋コンクリート

鉄筋コンクリートを最初に実用化したのはフランスのモニエ出して、鉄鋼で補強したコンクリートの植木鉢を考えだし、特許を取得したのですが、これを建築に応用したのもフランス人で、鉄筋コンクリート工法を発表して各国で取り入れられるようになりました。

この当時、大成建設は鉄筋コンクリート工法に着目して1909年にフランスから技術者を招いて鉄筋コンクリートの技術を導入して、この工法で東海道線国府津駅の機関者用車庫を完成させ、三井物産横浜支店などの建物を設計して建てられています。

関東大震災以降の日本では、6階建て以上の建物は、鉄骨を鉄筋コンクリートで固めた剛構造の鉄骨鉄筋コンクリート造が一般的となり、現在では超高層ビルが当たり前の時代を迎え、鉄骨造の勢力などが最も盛んになっています。

コンクリートとは、セメントや砂、砂利と水を一定比率で混合し製造するわけですが、セメント自体は1824年にイギリスのアスプディンが発明し、粘土を含んでいる石灰石や石膏を焼いて造るのですが、アルカリ性のために鋼材の参加を中和します。