洋風建築の創業者

1858年以降ですが、西洋の国と外交関係ができ始め、多くの西洋人が長崎や横浜などに居留するようになり、なかでも横浜は、新しく首都になった東京に近いことから、西洋人貿易商の営業所が多く建てられました。

当時、日本の大工や棟梁には、西洋に関する建物の知識は一切なく、西洋人たちによる技師の指導で、日本の伝統的な木造建築技術を使い、西洋風の外観を持つ建物を造り、日本風と西洋風とをほどよく取り合わせた和洋折衷様式と呼ばれる物が出来上がりました。

築地居留地にアメリカ人の設計で築地ホテルが完成し、施工は清水建設の創業者である2代目の清水喜助でして、横浜の外国人応接所も手掛けています。

このように新しい建築技術を身につけた大工や棟梁は大勢いて、第一国立銀行を完成させたのも清水喜助で、東京で最初の本格的洋風建築として評判になり、今でもその面影が残されています。

また、1878年には銀座通りにレンガ街が完成し、このころから石造や鉄骨造など、今までなかった新しい構造や、独特なスタイルの装飾を持った本格的な洋風建築が出現し、設計を外国人が行っていました。

銀座のレンガ街の設計はイギリス人で、施工は大成建設があたりました。